時 点


j u n c t u r e .

このところ、色々なことを始めたい、という意欲に駆られる。

意欲は行動だけではなく、学習に至る部分にも波及して来ていて、

様々な事象や物に、見たい、聴きたい、触れてみたい、と、

複雑だが、単純な欲望が押し寄せて来たりするのだが、

其の物に触れた時に重ねる思考が、

様々な感覚や感情に阻まれて、四次元的に理解することが出来ない己の姿に、少し愕然とする。

けれども、そんな姿に少しだけ茫然自失とすると、

己の時点が少しだけ見えてくる気がするのである。

触れて来たものに、喜んだり、悲しんだり、怒ったり、

そんな姿が今の自分でしかないのだと、ただ何となく理解するのである。

今の自分がこうやって在る事が出来るのは、

こうやって今まで逢った色々な事象が偶然積み重なって出来ているので在るから、

結局は、それでしかなくって、

それ以外のことは、どうしようもならなくて、

ただ自己理解を少しでも重ねていって、見出していくしかないのだと、

そういう事が、今自分の「時点」で在るのだと、結局は終着するのである。

「今、昔に戻れたら?」

と、言う問いを耳にした事が最近あったけれど、

今の自分が全く駄目なことは解っているけれども、

だからと言って、過去に遡ってどこをどうしたら、と言うのは判らないし、

全ての積み重ねで今があるのだから、

それを放棄することは考えたくないと常々思う。

自分を人と比べて、

そこに辿り着けていない事に対して、苛立ったり、落ち込んだり、乏しめたりすることは当然あるけれども、

結局、自分は自分でしかないのであって、

世の中で、”是” とされて来ている事が全てだと思わないようにしている。

僕が成し遂げたいことは、誰か憧れの人とかのコピーであったりとか、

負けたくない人とかへのアンチテーゼとか、そう言う事ではなくって、

よく、そう言う感情に押し流されそうな時が何度も来たりするけれども、

僕自身が一体何者であって、どうあるべきなのかを、

ただ純粋に思考することでしか理解する事ができないのだと言うことを、

漸く感覚的に掴めて来たところであると思う。

前に進んでいく事は、勿論大事であるとは思うのだけれども、

今の「時点」を踏み、過去を振り返って確認することも当然大事であるのだと思う。

今日は、色々な所に足を運んで思考する機会があって、

こうやって今の「時点」を確認できて、

これまで積み重ねて来れたこと、

そして出会えた全ての人々と、その人たちのお陰で今が続けられているのだな、

と言うその事に、ただ感謝したい、そう言う日であった。

自分がどうしようもなく、

ただただ人様に迷惑をかけて、でも救ってもらって、

悔しくってその思いを複雑に吐露したあの時に、

投稿したこの写真を見て、今を思い返す。

明日はどんな日になるのであろうか、

判らないけれども、僕は平凡であるからこそ、きっとそれが面白いのだ。

2019.01.12 20:08:52


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